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福岡地方裁判所 昭和57年(行ウ)7号 判決 1985年3月20日

昭和五六年(行ウ)第一七号事件

原告

松本千代吉

外四一名

(別紙原告目録(一)<省略>のとおり)

昭和五七年(行ウ)第七号事件

原告

松本安夫

外四四名

(別紙原告目録(二)<省略>のとおり)

右両事件原告ら訴訟代理人

水崎嘉人

中島繁樹

右第七号事件原告ら訴訟代理人

林正孝

昭和五六年(行ウ)第一七号事件、同五七年(行ウ)第七号事件

被告

建設大臣

右指定代理人

田中清

外八名

主文

一  原告らの訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(昭和五六年(行ウ)第一七号事件について)

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五六年六月二五日建設省告示第一二〇七号をもつて福岡市東区馬出二丁目を住宅地区改良法四条一項による改良地区に指定した処分は、これを取り消す。

2  被告が昭和五六年六月二七日付でした。福岡市長の前項の改良地区についての事業計画の認可処分を取り消す。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告の本案前の申立て

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

(昭和五七年(行ウ)第七号事件について)

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年三月三一日付でした福岡市長の福岡市馬出住宅改良事業についての事業変更計画の認可処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告の本案前の申立て

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

被告は、福岡市の申出に基づき、昭和五六年六月二五日建設省告示第一二〇七号をもつて、福岡市東区馬出二丁目(ただし、旧町名福岡市馬出鏡町、同通町、同中本町に属する区域。以下この区域を「本件改良地区」という。)を同法四条一項の規定により改良地区に指定した(以下「本件改良地区の指定」という。)。

2 被告は、昭和五六年六月二七日付で、福岡市の申請に係る本件改良地区についての事業計画を認可した(以下「本件事業計画の認可」という。)。

3 被告は、昭和五七年三月三一日付で、福岡市の申請に係る本件改良地区についての事業計画の変更を、認可した(以下「本件事業計画変更の認可」という。)。

4 原告らは、いずれも本件改良地区内に土地・建物を所有し、これを住宅として居住し、使用している者である。

5 しかしながら、被告がした本件改良地区の指定、本件事業計画の認可及び本件事業計画変更の認可は、次の理由により違法である。

(一) 本件改良地区の指定について

住宅地区改良法(以下「法」ともいう。)四条一項は、「建設大臣は、不良住宅が密集して、保安、衛生等に関し危険又は有害な状況にある一団地で政令で定める基準に該当するものを改良地区として指定することができる。」と定め、住宅地区改良法施行令は、不良住宅の判定基準を定めるほか、法四条一項に規定する政令で定める基準として、「一団地内の不良住宅の戸数が五十戸以上であること。」(二号)、「一団地内の住宅の戸数に対する不良住宅の戸数の割合が八割以上であること。」(三号)などと定め、住宅地区改良法施行規則は住宅の不良度の測定方法等を規定し、建設大臣が改良地区の指定するにあたつては、一団地内に存する住宅のすべてについて不良度を測定し、不良住宅の判定をすべきものとしている。

(1) 手続上の違法

福岡市は、本件改良地区内に存する住宅のすべてについて所定の不良度の測定を実施した事実が全くないのにもかかわらず、その測定を実施し、不良度の判定をしたとして建設大臣に対して改良地区の指定の申出を行ない、被告は本件改良地区の指定をした。

したがつて、本件改良地区の指定は、法令に定める住宅の不良度の測定及び不良住宅の判定を行なわずにされたもので、手続上の違法がある。

(2) 実体上の違法

本件改良地区は、既に道路整備、区画整理事業等が実施されており、保安上の危険も衛生上の有害な状況も存しない。

本件改良地区には四六〇戸の住宅が存するが、その八割は三六八戸となるところ、三六八戸もの不良住宅は存在しない。

したがつて、本件改良地区の指定は、法四条一項に定める実体上の要件に該当しないものであつて、違法である。

(二) 本件事業計画の認可及び本件事業計画変更の認可について

被告がした本件改良地区の指定は、前記(一)のとおり違法であつて取消しを免れないものであるから、これを前提としてされた本件事業計画の認可及び本件事業計画変更の認可は、いずれも違法である。

6 よつて、昭和五六年(行ウ)第一七号事件の原告らは、本件改良地区の指定及び本件事業計画認可の取消しを求め、昭和五七年(行ウ)第七号の原告らは本件事業計画変更の認可の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

原告らの主張の本件改良地区の指定、本件事業計画の認可及び本件事業計画変更の認可は、以下に述べるとおりいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。

1  改良地区の指定について

改良地区の指定は、施行者からの申出にかかる地区が住宅地区改良法の趣旨に従つた住宅地区改良事業の施行を許すだけの状況にあることの認定をその本質的内容とする行政庁相互間の内部的行為であり、右指定がされただけでは改良地区内の権利者に対しその権利を消滅させる等の効果を生ずるものではなく、改良地区の指定は直接私人の権利義務に影響を及ぼす行政処分とはいえないものである。

2  事業計画及びその変更の認可について

(一) 事業計画は、基本計画と実施計画とからなり、いずれも長期的な見通しのもとに健全な住宅地区を形成するように高度の行政的、技術的裁量によつて一般的、抽象的に決定されるものである。

したがつて、事業計画書に添付される除却計画図、土地整備に関する各計画図で除却される不良住宅や、その跡地の利用方法が表示されることになつているとはいえ、その後の変更が許されないものではなく、特定個人に向けられた具体的な処分とは著しく趣きを異にし、事業計画が認可されても、事業計画自体ではその遂行によつて利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが、必ずしも具体的に確定されているわけではなく、いわば当該住宅地区改良事業の青写真たる性質を有するにすぎない。

また、その事業計画の変更も、その結果、対象地域が拡大又は縮少することはあつてもその性質は事業計画と何ら異なるものではない。

(二) 住宅地区改良事業は、法一条に規定するとおり極めて公共性の高い事業であるところから、事業計画の内容について監督官庁の監督にかからしめたものであつて、事業計画及びその変更の認可は、監督庁の施行者に対する内部的監督行為(内部的意思表示)であり、これによつて直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものではない。

(三) もつとも、事業計画、又はその変更の認可が告示された後においては、法九条により改良地区内において土地建物等を所有する者は、土地の形質の変更等について一定の制限を受けることとなるが、これは、事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき法律が特に付与した告示に伴う付随的な効果であつて、事業計画及びその変更の認可の告示そのものの効果として発生する権利制限とはいえない。それ故、事業計画及びその変更の認可は、それが告示された段階においても直接特定個人に向けられた具体的な処分ではなく、土地建物の所有者等の有する権利に対し、具体的な変動を与える行政処分ではない。

このように解したからといつて、住宅地区改良事業によつて生じた土地・建物の所有者等が被る権利侵害に対する救済手段が一切閉ざされてしまうわけではなく、右関係権利者が被る不利益は、その後の具体的処分(例えば、土地の形質の変更等の申請に対する県知事の不許可処分、土地収用法による収用裁決等)の違法を争うことにより十分目的を達することができるものである。

よつて、本件改良地区の指定、本件事業計画の認可及び本件事業計画変更の認可の取消しを求める原告らの本件訴えは、いずれも不適法であるから却下されるべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  事業計画が認可されると、その事業は直ちに施行され、現に本件改良地区のうち旧中本町の区域では外周部分に存する数個の建物を除くすべての建物が解体除去されている。したがつて、原告らが土地・建物の任意買収に応じなければ、土地収用法による収用が行なわれることは確定的である。

本件住宅改良事業がこのような段階にある以上、もはや事業計画が単なる青写真の性質を有するものであるということはできないものであり、施行者において事業計画を変更するということも期待できないものであつて、事業計画が改良地区内の利害関係者の権利を具体的に侵害するものというべきである。

2  事業計画が認可され、その告示があれば、改良地区内の土地の形質の変更若しくは建築物等の新築、改築、増築などは制限を受けることになるが、これは本来自由に行ないうる行為に対する制限であつて、改良地区内の関係権利者に対し直接義務を課するものである。

したがつて、事業計画の認可(事業計画変更の認可をも含む。以下同じ。)は抗告訴訟の対象となりうるものである。

3  住宅改良事業は、一連の手続を経て行なわれるが、改良地区の指定及び事業計画の認可は右事業の根幹をなすものであるから、右の指定及び認可に違法が存する場合はその段階で司法上の救済を認めるべきものである。

本件では、前記のとおり原告らに対する土地収用法の規定による収用が行なわれることが必至であるところ、収用裁決等がされた段階にならなければ抗告訴訟の提起が許されないとすることは、あまりにも遅きに失し不合理である。原告らが収用裁決の取消訴訟において勝訴したとしても、違法な改良地区の指定及び事業計画の認可自体は取り消されないから違法な住宅改良事業によつて生じた環境の変化は復元されず、住民は泣寝入りを強いられることになる。

それでは、違法な住宅改良事業の実施を受けることがないという改良地区内の住宅に対する法の保護は、完全に没却されてしまうことになり不当であるから、改良地区の指定及び事業計画の認可については抗告訴訟の提起が許されるべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一まず、本件訴えの適否について判断する。

1  建設大臣が行なう住宅地区の指定は、法四条の規定に基づくものであり、右指定が告示されると、住宅地区改良事業の施行者とその対象区域が具体的に確定する効果を生じ、また施行者が改良住宅の建設戸数を定め、右住宅に入居させるべき者を決めるについては改良地区の指定の日がその基準日となる効果をもつことになる(法一七条、一八条)ことは明らかであるが、これだけでは改良地区内の特定個人の具体的権利に変動を与える効果が生じるものとすることはできない。

2  次に、事業計画及びその変更の認可(以下この両者を「事業計画の認可」という。)は、法五条から八条までの規定に基づくものであり、事業計画の認可が告示されると、その効果として、改良地区内において土地建物等を所有する者は土地の形質の変更、若しくは建築物等の新築、改築、増築などについて一定の制限を受けることになるから(法九条一項)、右事業計画の認可が当該改良地区内の土地建物等の所有者等に新たな制約を課し、その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものということができる。けれども、このような効果は、右のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該改良地区内の不特定多数の者に対する一般的抽象的なそれにすぎないから、このことだけから直ちに事業計画の認可が右地区内の個人に対する具体的権利に直接変動を与えるものであるということはできない(最高裁判所昭和五七年四月二二日第一小法廷判決民集三六巻四号七〇五頁参照)。

3  原告らは、事業計画が認可されると、住宅改良事業は直ちに施行され、土地収用法に定める収用が行なわれることは確定的であるから、事業計画の認可は改良地区内の利害関係者の具体的権利を侵害するものであると主張するが、右2において説示したとおりであるから右主張は採用できない。

また、原告らは、改良地区の指定及び事業計画の認可は、住宅改良事業の根幹をなすものであるから、違法な改良地区の指定ないし事業計画の認可があつたときは、その段階で抗告訴訟の提起を許すべきであり、後続する土地収用法に定める収用裁決等の処分がされるまで訴えの提起を認めないとすることは遅きに失し、不合理であると主張する。

たしかに、改良地区の指定及び事業計画の認可があれば、その後の手続の進展に伴つて土地収用法の定める収用裁決等の具体的処分が行なわれ、これらによつて具体的な権利侵害が生ずることは起り得るが、しかし事業計画の認可の段階では、これによつて直接改良地区内の利害関係者の具体的権利に変動を及ぼすものと言い難いことは右2において説示したとおりであり、右の収用裁決等の具体的処分が行なわれた段階になれば、前記の地区指定及び事業計画認可の違法を主張し、右の具体的処分の取消し等を求めて出訴することができるのであるから、これによつて権利侵害の救済の目的は十分達成しうるものというべきである。

したがつて、この点に関する原告らの前記主張も採用できない。

4 してみると、改良地区の指定及び事業計画の認可は、改良地区内の特定個人の具体的権利に直接何らかの影響を及ぼすものとはいえないから、取消訴訟の対象とはなし得ないものと解すべきである(最高裁判所昭和五〇年一一月二八日第三小法廷判決裁判集民事第一一六号七三五頁参照)。

結局、原告らの本件訴えは、いずれも不適法なものといわなければならない。

三よつて、本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九三条一項本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(菅原晴郎 有吉一郎 井口 実)

原告目録(一)<省略>

原告目録(二)<省略>

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